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孔子と顔回-愛の哲学-

2009 - 10/23 [Fri] - 23:49

歴史上の人物を紹介する【偉大なる人物】。
カテを作っっておきながら、
今回がようやく3回目、お恥ずかしい限りです。
でも、今回紹介するのは孔子――
このお方の名前を知らない人は、まずいないでしょう。

さて。
年末になると、【今年の漢字】が選ばれています。
今年は、もうこれしかないでしょう。
それは――

孔子-1

大河ドラマの主人公である直江兼続は、
兜の鍬形にナンと「愛」の1文字を飾りました。
インパクトがありますよね。
それに今年の総選挙で大勝した民主党の鳩山さんは、
「友愛社会」という言葉がお好きなようです。

ところが今から2500年も前に、
この【愛】を理想に掲げた方が中国にいました。
それが孔子(Confucius)です。
”2500年前”といえば、日本はまだ縄文時代の真っ只中。
そんな昔に【愛】なんていっちゃうなんて、いったいどんな人なんでしょう。

【愛】という漢字を見て真っ先に思い浮かぶのは、
おそらく【love】という英語ではないでしょうか?
【love】の語源は調べていませんが、
少なくとも、【愛】が「男女間の親愛な感情」でないことは確か。
孔子にとっては、もっと重要な意味を持っています。
『論語』にはこういう言葉がある……

  樊遅、仁を問う。子曰く、人を愛す。

樊遅(はんち)とは孔子の弟子の一人。
その弟子が「先生、仁とはどういうことでしょうか」と質問したところ、
孔子はこう答えたと言うのです。
樊遅よ、それは人を愛することだよ――と。

【仁】とは孔子が最も重要視した精神で、
孔子の哲学は【仁】の哲学といっても良いくらいです。
その【仁】を別な言葉に置き換えれば、それが【愛】だというのです。
そこで2つの言葉を合わせて、【仁愛】という場合もあります。
【愛】とは【仁】に他ならないのです。

しかし、ここで新たな疑問がわいてきます。
それじゃ~【仁】ってどういうこと?
ところがこれが厄介な問題で、
孔子自身は【仁】を明確に定義していないので、
『論語』に紹介される言葉の端々から推測するしかありません。
そこでさっそく勝手な解釈をすると、
次の下りにヒントが隠されているのではないでしょうか?

  仲弓、仁を問う。
  子曰く、門を出でては大賓を見るが如くし、
  民を使うには大祭を承くるが如くす。
  己の欲せざる所、人に施すなかれ。
  邦に在りても怨みなく、家に在りても怨みなし。


仲弓(ちゅうきゅう)も孔子の弟子の一人です。
その仲弓が、やっぱり【仁】について質問しました。
孔子の説明に同じことはありません。
恐らく、弟子に合わせて【仁】を説いていたのでしょう。
今回はこう説明しました。

  仲弓よ、外に出たら誰にでも、偉い方に接するように接しなさい。
  民に仕事をさせるときには、
  大事な祭祀を行うときのように細心の心配りをしなさい。
  自分が望まないことを、決して他人にしてはいけないよ。
  いつもそういう気持ちでいれば、
  公の場でも私生活でも、人から怨まれることがないのさ。


己の欲せざる所、人に施すなかれ――有名な言葉です。
「自分が嫌なことは、他人にもしない」というわけですが、
私にはもっと奥深い意味があるような気がします。
そこで、孔子の究極の【愛】を紹介しましょう。

孔子には大勢の優秀な弟子がいましたが、
中でも愛したのが顔回(顔淵)です。
彼を自分の後継者にしようと考えていたとも言われています。

ところがこの顔回、若くして夭折してしまいます。
その死に様がまた異様で、栄養失調だろうというのが通説です。
とにかく貧しい生活をしていたようで、
孔子も彼をこう評しています。

  顔回は賢いね。食事はご飯一杯。
  飲み物は水だけで満足し、貧しい路地裏に暮らしている。
  普通の人なら貧しさに耐えられないだろうに、
  顔回は生き生きと人生を楽しんでいる。
  ホンと、顔回は賢いよ。


よほど質素な暮らしだったのでしょう、
若いにもかかわらず、頭も総白髪だったといいます。

こうした無理がたたったのか、
顔回はわずか30歳で死んでしまいます。
このとき、すでに孔子は70歳手前の老人です。
その孔子が顔回の死の知らせに接し、
大声を上げて泣き叫んだといいます。

  顔回死す。子これを哭して慟す。

【慟】とは感情をむき出しにして、わんわんと泣き叫ぶこと。
初老の、しかも若者に道を説く大先生が、
人目も憚らず泣き叫んだというのです。
顔回の死を、孔子が心から悲しんだことの証です。

  噫、天予を喪せり。天予を喪せり。 

ああ、天は私を亡ぼそうというのか――
たった一人の弟子を失ったにもかかわらず、
孔子は2回も繰り返しています。
その心中は、「なぜ、私の大切な人を奪うのだ」という気持ちだったのでしょう。
顔回の命を奪った天を怨んだのです。

不可解なのは、その後です。
死んじゃったものは仕方ないので、
弟子達はお葬式の準備に取り掛かります。

  顔淵死す。門人、厚くこれを葬らんと欲す。
  子曰く、不可なりと。


「顔淵」は「顔回」と同一人物です。
弟子達が、せめて立派な葬式を出してやろうとしました。
そこで孔子先生に相談すると、
そんなことするな!――そう一喝されたというのです。
不思議じゃありませんか?
「葬式なんかどうでもいい」、そういってるんです。

さて、この孔子の言葉。
みなさんはどう感じますか?
冷たい師匠――そうお感じになるでしょうか?
私はこれこそ、孔子の【仁】であると思うのです。
考えても見てください。
孔子は顔回を評して、二度も「賢なるかな回」と繰り返しています。
それほど顔回の才能に惚れ込み、
将来の成長を楽しみにしていた人物でした。

それでは、なぜ貧しい生活を助けてやらなかったのか?
私はこう思うのです。
孔子はわざと貧しい生活を経験させていたのではないか?
そうした師匠の気持ちがわかっていたからこそ、
顔回も不平不満を口にしなかったのでしょう。
だからこそ顔回は賢い!
孔子は顔回を愛してやみませんでした。

その弟子の死が、悲しくないわけはありません。
とめどもなく涙が溢れてきます。
もはや自分がして上げられることは、ただその死を悲しむだけ。
それなのに立派な葬式?――そんなもので顔回は喜びなどしない。
そのことを熟知していたからこそ、
「葬式、葬式」と形式ばかり気にする弟子達を、
珍しくきつい口調で叱ったのでしょう。
弟子達には何もわかっていない。
「お前達にはがっかりだよ!」ってところでしょう。

  己の欲せざる所、人に施すなかれ

これは、一言でいえば思いやりの心です。
「己の欲せざるところ」に力点があるのではなく、
後半の「人に施すなかれ」に意味があります。
簡単にいえば……

  自分の身に置き換えて他人に接しなさい

それこそが【仁】であり、【愛】の精神。
こうした自分の理想を唯一理解したのが顔回であり、
その顔回が立派な葬式を出したところで喜ぶはずがない。
最愛の弟子だからこそ、孔子は形式にこだわりたくなかったのです。
みんなで悲しんで、心のこもった弔いをしてやりたかったのでしょう。

『論語』にはこんなエピソードもあります。
ある日、孔子が子貢という弟子に質問しました。
「お前と顔回のどっちが勝っていると思うかい?」
子貢もなかなか優秀な人物で、
孔子の弟子の中では出世頭といって良いでしょう。
一国の大臣を務めたり、
あるいは商才に長けて財を成しています。
周りからは、「孔子より優秀じゃん!」という声も聞こえてくるほど。

普通なら天狗になるところでしょうが、
子貢にはそんな気持ちは微塵もありません。
孔子がなくなった際にも、
普通なら3年間で良いところ、子貢は6年間も喪に服しています。
孔子は子貢も心から愛していたのでしょう。
だから、敢えて冗談まじりに聞いてみたんです。
「お前と顔回のどっちが勝っていると思う?」と。

  対えて曰く、賜や、何ぞ敢えて回を望まん。
  回や一を聞きて以って十を知る。
  賜や一を聞きて以って二を知る。
  子曰く、如かざるなり。吾と汝と如かざるなり。


子貢の本名を端木賜(たんぼくし)といいます。
思いっきり意訳してみましょう。

  子貢が答えていいました。
  先生、私なんか顔回にはとてもかないませんよ~~~(>_<)
  顔回なら先生の話を一つ聞いただけなのに、
  「ああ、そうそう」なんていいながらみんなわかっちゃう。
  私なんか1+1=2にしかならないんですから、勝ち目がありません。
  孔子先生も笑っておっしゃいました。
  全くその通りだ。
  でもお前ばっかりじゃないよ。
  顔回には、もう私だってたじたじさ。 ハハハ
 

それでは、顔回はどうして【仁】の精神を体得できたのか?
ここに、極貧生活の意義があります。
耳で聞き、頭で理解しても生きた学問にはなりません。
孔子の思想も、彼の苦しい人生から生み出されたもの。
その真髄である【仁】を知るには、
自分と同じ貧しい暮らしを体験しなければ不可能――
それを実践した顔回だからこそ「一を聞いて十を知る」ことができ、
裕福な暮らしをしていたら言葉でしか理解できない。
そのことに謙虚に気づいていた子貢もまた、
孔子が愛してやまない秀才だったのです。

孔子-2
孔子像。
いつの時代のものか不明ですが、意外に実像に近い気がします。
風貌の特徴がどこにあるか、じっくり観察しておいてください。

そうです。
現代では”大先生”と崇められている孔子ですが、
彼の出生は決して恵まれたものではありませんでした。
しかしそんな不遇を体験したからこそ、
他人への優しさ、【愛】の尊さを知ることができたのだと思います。

【思いやりの心】、これを現代風にいえば共感(empathy)ということです。
そして共感する脳は眼窩前頭前野であることがわかってきました。
共感は単なる自然発生的な同情(sympathy)と違い、
脳の高次機能である連合学習によって形成されるのです。
貧しい少年時代の経験の中から、
わけ隔てなく他人に接する優しさを学んだのでしょう。
それが孔子が最高の理想とする【仁】です。

というわけですが、一回で終わりそうもありません(=_=)
孔子の出生から共感を考える――
続きは次回。


 
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貧しさ関係ないだろ

衣食足りて礼節を知るの通り、人類は飢えて貧しい時に
民度が低くなる。実際裕福な生い立ちの人の方が心が平和な人が多い。
孔子も形式であっても心を整理する為に弔おうとする弟子の心を汲み取るべきだろう。

コメントありがとうございます

はじめまして。
コメントをいただき、素直に嬉しいです。
なぜなら、この記事を読んでくださっている方がいるとわかったので・・・

確かに、貧しさは人の心を荒ませます。
だからこそ、孔子も豊かな社会の実現に努めたわけですが、
現実はなかなか理想どおりにはならないものです。
いつの時代にも貧しさは存在する・・・

だからこそ、”思いやりの心”が必要なのではないでしょうか?
孔子に限らず、
キリストも釈迦も”思いやりの心”を重視しています。
貧しい人々がいるのが世の現実であり、
上から目線ではなく、
同じ目線で苦しさを共感することで、
社会を良い方向に改善しようとしたのでしょう。
現代では社会保障制度が整備されていますが、
そんなもののない時代には、
お互いに助け合うしか術がなかったのではないでしょうか?

後世の儒教は礼を重んじるようになっていきますが、
孔子が重視したのは形式よりも心です。
ただし、他の弟子の死であったなら、
孔子も立派な葬式を出したかもしれません。
いや、そうしたであろうと想像します。
しかし”思いやりの心”を極めた顔回だからこそ、
孔子は形式にとらわれたくなかったんだと思います。
禅の言葉にも次のような言葉があります。

 世間では綾羅錦繍を着ているのを良いという。
 反対に麁布糞掃衣を悪いというが、
 仏法ではこれこそ良い言い、清いとする。

豊かさはとても大切だと思います。
しかし、形式にとらわれすぎるあまり、
物事の本質を見失ってはならない――
孔子が言いたかったのも、
そういうことなんじゃないでしょうか?





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