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共感する脳-人類の可能性-

2009 - 10/24 [Sat] - 22:26

いくらきれい事をいっても、
自然界は弱肉強食の世界です。
人間とて自然界の法則から抜けられません。
平等、博愛なんて言ってると腑抜けてしまい、
競争原理が人を逞しくすると主張する方すらいます。
人を蹴落としてでも勝ち残る――
人間の本性が【自己中心的】なのは自然な姿なのでしょう。

しかし、それでは困るケースもある。
人間が子孫を残していくためには、
夫婦となり家族を形成しなければなりません。
そうでなければ、絶滅してしまう。 そうなれば、元も子もない
こうした自己崩壊を防ぐためには、
生体アラームである扁桃体(Amygdala)の働きにバイアスをかける必要があります。

こうしてオキシトシンやバソプレシンが分泌され、
子孫を残すために愛着回路が作動します。
すると本来【自己中心的】なはずの人間が、
伴侶や子供のためには自己犠牲も厭わなくなるわけ。
【家族】が”血族”に限られる必要はないので、
やがて小さな社会集団が形成され、
これを統一しながら、途方もない時間をかけて国家が形成されました。

しかし、ここまでが限界なんでしょうか?
家にいればとても優しいお父さんが、
ひとたび戦場に駆り出されれば、
残忍な侵略者に変貌します。
家に在っては暴力事件に憤慨する純粋な若者が、
たくさんの異邦人を殺して勲章を手にします。
人類には超えられない”壁”があるのでしょうか?

いや、人類の可能性を信じても良さそう―ー
そんな期待を抱かせる事実が、1996年に発見されました。

マカクザルを使って脳の神経活動を研究していた研究者達は、
ある日不思議なことに気がつきました。
サルの目の前で人間が餌を拾い上げたときに、
それを見ていたサルの脳にも反応が生じていました。
サル自身は餌を拾っていないにもかかわらず、
自分が餌をとる時と同じ活動を示す神経細胞があったのです。
あたかも人間の行動を鏡に映すように興奮することから、
こうした神経細胞をミラーニューロンと呼びます。

図をクリックすると拡大します
共感脳-1

ミラーニューロンは、マカクザルの脳の【F5】と【PF】という領域にありました。
そしてその後の研究で、
それと全く同じ神経細胞が人間の脳にもあることがわかったのです。
【F5】に相当するのが【前頭葉下側】で、
もう一つの【PF】に相当するのが【頭頂葉上側】です。

この内、【前頭葉下側】はブローカ野に一致します。
1861年にブローカという外科医によって、
ここが運動性言語野であることが確認されました。
そこで【ブローカ野】と呼ばれるようになったわけですが、
障害を受けると失語症(運動性失語)が誘発されます。

つまり、言語機能を司る領域にミラーニューロンがあったというわけで、
言語獲得が”模倣”に始まることが明らかになったのです。
その後の研究で、ミラーニューロンは音にも反応することがわかっています。
お母さんやお父さんが語りかけてくる口の動きや音声に反応して、
赤ちゃんの脳は”物まね”をしながら言語を獲得する――
「学ぶ」は「真似る」だといいますが、
まさにその通りのことが行われているのでしょう。

しかもそれだけではなかった。
こんな経験はないでしょうか?
一人の赤ちゃんが泣き出すと、
周りにいた赤ちゃんが一斉に泣き出してしまいます。
冗談で「うつっちゃったわね」なんていいますが、
まさしく”伝染”しているようです。
他人の泣き顔を見たり鳴き声を聞いているうちに、
なんだか自分も悲しくなっちゃうんです。

これを情動伝染(emotional contagion)といいます。
ミラーニューロンの働きによって、
私達は他人と喜びや悲しみを共有することができるのです。
だから、家族が幸せなのを見ると自分も\(^o^)/――になります。
これが共感するということです。

ただし【共感】には2種類あり、
ミラーニューロンによって生じる共感は情動的共感といいます。
どちらかといえば同情や哀れみに近い心的作用であり、
英語でいえば【sympathy】に該当するでしょう。
地震の被災地を訪れたリポーターが思わず涙する。
頑張ってくださいね――
これが情動的共感ですが、
悪くいえば上から目線の”共感”です。
うつ病の患者さんに「頑張って」の言葉は禁句といわれますが、
その理由も納得していただけると思います。

情動的共感が自分中心なのに対して、
人間は相手の立場に立って感情移入することもできます。
こちらは認知的共感と呼ばれ、
厳密にはこうした心的作用を共感(empathy)といいます。

こうした認知的共感を誘発するのは、ミラーニューロンではありませんでした。
それとは違う脳領域が関わっていますが、
興味深いことに、サルにはこうした能力が備わっていません。
まさに、ヒトに特有の能力だったのです。
では、どこが【共感脳】なのか?
最新の研究では、それが眼窩前頭前野(OFC)であることがわかってきました。

OFC は行動の最適化に関わることが明らかになっています。
行動を報酬価と連合して学習することで、
次の行動をより的確な行動に修正していくわけです。
あくまでも、本来は防衛行動を貫徹する【自己中心的】なシステム。
しかし人類の脳は、
相手の立場や相手の感情も入力できるようです。
競争で相手をだし抜く知恵を学習するだけでなく、
競争で敗れたときの悲しみを学習すると、
それを相手の立場に置き換える”離れ業”を演じてみせるのです。

これに関して、脳科学者 Joseph LeDoux は面白いことをいっています。
代表作『エモーショナル・ブレイン』の最後を引用してみましょう。

進化はわれわれの脳をどこへ導いていくのだろうか?(中略)現状は、大脳皮質が扁桃体に及ぼすより、扁桃体が皮質へ影響を及ぼす方が大きく、情動的覚醒は思考を支配し制御する。(中略)同時に、大脳皮質から扁桃体への結合投射は他の哺乳類におけるよりも霊長類でずっと強いことは明らかである。この結合が強くなり続けると、大脳皮質は扁桃体に対してどんどん制御を強めていき、もしかすると、未来の人類は自分の情動をずっとよくコントロールできるようになるだろう。

何をいってるのか、わかりづらいですか?
それでは逆に考えてみましょう。
例えば、OFC の機能が低下するとどうなるのか?

   抑制力が低下する一方、衝動性が亢進する
   集中力が欠如し、脅迫的観念を持つ
   攻撃的になり、周囲に無神経になる
   共感する力が欠如し、思いやりに欠ける

悲しい現実ですが、
化学物質過敏症の症状が最悪だった頃の家内にも、
確かにこのような一面がありました。
OFC の機能と知能は別ですから、知能検査には異常がありません。
しかし脳がこんな状況に陥れば、行動が反社会的になる危険があります。
それで頭脳が優秀だったら、それこそ”たち”が悪い。
【共感脳】は【社会脳】の根底でもあるのです。

図をクリックすると拡大します
共感脳-2
ルドゥーの図や文章を基にして作成したものです。

それでは反対に、OFC の機能がますます高まったらどうなるか。
現状では【新皮質】から【扁桃体】への制御が弱いものの、
進化によってこの制御が強まれば……

  人間は限りなく理性的な生物に進化する

人間を含めた霊長類(Primate)とは、
あらゆる生命の中で「最も優れている」という意味。 霊魂には関係ありません
【Primate】は「最高」を意味する【prime】に因んでいます。
もし人類がこの高みに登り詰めたときには、
そのとき初めて、胸を張って霊長類を名乗ることができるのではないでしょうか?
その鍵を握るのが、前頭前野というわけです。

こうした進化の可能性を示した人物が孔子だと思います。

そこで、昨日のお話しの続き。
孔子の本名(諱)を「丘」といいます。
そう名付けられたエピソードが、『史記』に紹介されています。

  紇、顔子の女と野合して孔子を生む。
  尼丘に祷りて孔子を得る。
  魯の襄公の二十二年、孔子生まる。
  生じて首より上は圩頂し、故に因んで名づけて丘と云う。
  字は仲尼、姓は孔子。


「紇(こつ)」が孔子の父親、「顔子の女」が母親の顔徴在(がんちょうざい)を指します。
二人から生まれてきた孔子には面白い身体的特徴があり、
「首より上は圩頂」していたというのです。
「首」は「頭」に同じ、そして「圩頂(ようちょう)」とは窪んでいるという意味です。
その形が出産のお祈りをした「尼丘」に似ていたので、
名前を「丘」と名付けたという説明になっています。
恐らく前頭葉が異様に発達し、額が張り出していたのでしょう。
昨日紹介した孔子像を見ても、
おでこが大きく出っ張っているのがわかります。
孔子という人物は、前頭前野の機能が他人より発達していたのかも知れません。

ちなみに『史記』の文章には、
「野合して孔子を生む」と記されています。
この【野合】とはとても意味深な言葉で、
本来なら結婚を許されない間柄に生まれた子供を意味するそうです。
実際、孔子は父の実家である孔一族に認知されず、
その父も孔子が3歳のときに死亡しています。
お葬式にすら出席できませんでした。

幼い孔子は母の元で育てられましたが、
そのお母さんも孔子が17歳のときに亡くなってしまいました。
幼少時代の生活は厳しいものだったようです。
『史記』には「孔子貧しく且つ賎し」と記されていますし、
他ならぬ孔子自身がこう振り返っています。

  吾、少くして賎し

小さい頃の自分の暮らしは、とにかく貧しかった――
そういっているのです。
貧しい暮らしは、幼い孔子にどのように映ったのでしょう?

そこで最後に、孔子と在りし日の顔回(顔淵)の問答を紹介しましょう。
顔回が核心である【仁】について質問する下りですが、
彼は他の弟子とは違います。
極貧生活を実践して、孔子の言葉を身体で実感できる素地が整っています。
そこで顔回に対する孔子の回答は、
まさに【仁】の核心を述べたものと考えて良いでしょう。

  顔淵、仁を問う。
  子曰く、己に克ちて礼に復るを仁と為す
  一日己に克ちて礼に復れば、天下仁に帰す。
  仁を為すは己に由る、而して人に由らんや。
  顔淵曰く、請う。その目も問わん。
  子曰く、
  礼に非ざれば視ること勿れ。礼に非ざれば聴くこと勿れ。
  礼に非ざれば言うこと勿れ。礼に非ざれば動くこと勿れ。


ね、他の弟子とは格が違うでしょ?
顔回とは”天下”を論じています。
【仁】とは「己に克ちて礼に復る」ことだといっていますが、
脳科学的にはこういうことになるのではないでしょうか?

  扁桃体を抑制し、前頭前野を働かせる

自己本位の考えは捨てて相手の気持ちになって考える――それが克己。
そうすれば、どんなときにも他人を傷つけることがない――それが復礼。
「復る」は「帰る」とか「戻る」という意味です。
【礼】とは形式的な規範でなく、
【仁】の心が自分の体内から表出される具体的な姿なのです。

【後補】
「仁」は不変ですが、「礼」は状況に応じて変化します。
例えば、子供が性質の悪い悪戯をしたらどう対処するか?
己の欲せざる所、人に施すことなかれ――
これを誤解して、
きつく叱るのは可哀想だし、自分だって叱られるのは嫌い。
子供は褒めて育てろっていうし、
「もうしちゃいけません」なんて軽く嗜めたとします。
これは「礼」とはいえません。
この場合にはきつく叱るのが「礼」であり、
そのことによって子供はしてはいけないことを学びます。
褒めるときは褒める、叱るときは叱るというメリハリが重要で、
子供のことを本当に考えるなら、
厳しく叱ってやるのが「思いやり」の場合もあります。


顔回は、【仁】の細目に関しても教えを請います。
その答えが後半の部分。
礼に反することは視せるべきでない、聴かせるべきでない、言うべきでない。
そして、決してすべきでない――孔子は力説します。

恐らく、少年時代の孔子を取り巻く環境はこの反対でした。
様々な暴力を目の当たりにし、
耳を覆いたくなるような言葉を耳にし、
それを口にして罵りあう大人たちの醜い姿。
他人を労わる温もりなんてなかったのでしょう。

しかし、それを非難するのはたやすい。
『論語』の中にはこんな言葉もあります。

  貧にして怨むことなきは難く、富て驕ることなきは易し 

生活に余裕があれば他人に【同情】する余裕も出ますが、
貧しければきれい事なんか言ってられません!
生きることが優先されるのです。
前頭前野は他人を蹴落としてでも生き残る術を学習するでしょう。

ところが、孔子は違ったようです。
こうした体験の中から、虐げられる弱者の悲しみに心を痛めたのです。
これは【同情】とは根本的に違います。
前頭前野が情動を克服し、
かえって他人を思いやることの尊さを連合学習した結果だと思います。
その結果、一点の曇りのない【共感】が生じたのでしょう。

そして、同じ世界に身を置いた顔回もまた、
乾いた土に水が浸みこむように孔子の思想を理解しました。
だから、「顔回は賢い」」と絶賛したわけです。
でも、孔子はやっぱり特別。
孔子の背中を追いかけた顔回は、
無理がたたって死んでしまいます。

いくら理想でも、さすがに命までかけたくありません。
では、凡人が孔子に近付くことは不可能なんでしょうか?
残念ながら、そうかもしれません。
孔子の理想を理解できる人は稀有でしょう。

脳の進化を”予言”した LeDoux ですら、
皮肉交じりにこう言っています。
Que sera sera(ケ・セラ・セラ)――
焦っても「脳はなるようにしかならない」といいたいのでしょうが、
進化をただ座して待っているわけにはいきません。
そこで、思いやりの心を持つように努力する!
それくらいなら、誰にでも実行できそうな気がします。

ところが、肝心の前頭前野の働きが乱されては、
それすら叶わなくなってしまうでしょう。
しかも毎日多くの時間を過ごすマイホームにも原因があるとしたら……
シックハウスが抱える問題の重大さを、
もっと多くの方に考えていただきたいと願わずにはいられません。



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